天国への階段(後編)
***
前回までのあらすじ
Jの持って来たのはカウンターであった。
Nはこれを使ってあるゲームを行うことを提案する。
〜ルール〜
●交互にスイッチを押していき、自分の手番で20に達した者の負け。
●自分の手番で押すことのできる回数は1、2、3のいずれか。
●ただし、一つ前に相手が押した回数を自分の手番で押すことはできない。
N「じゃあ僕からってことで。」
J「まあ別に構いませんけど。」
現在のカウンタの値:0
N「こういうのは適当にやった方が面白いんですよ。」
カチャン、カチャン、カチャン。
Nの3連打からゲームは開始された。
Nは適当といったが、通常ルールでは最初に3回押すのが必勝法である。
頼れる情報がない今、とりあえず前の必勝パターンから始めようという
心理的に自然な選択であった。
現在のカウンタの値:3
J「2回押します。」
カチャン、カチャン。
通常ルールでは、相手の押した回数と自分の押した回数の和が4に
なるように調整していくのが必勝パターンである。しかし、今回のルールでは
相手が押した回数は続けて押せない。即ち次にNは2回押せない。
何気なく2回を選択しているかに見えるが、先ほどのNと同様に、
Jも前の必勝パターンを意識して、そこから抜け出すための”2”である。
現在のカウンタの値:5
N「じゃあもう一度3回」
カチャン、カチャン、カチャン。
ただいたずらにカウンタの値を増やしているかのように見えるが、
この時点でNには漠然とした戦略めいたものが見えかけていた。
ある程度20に近づかない限りは、互いに確実な選択はできない。
この手のゲームにおいて、中盤の状態はまるで意味を成さず
重要なのは先読み可能になる終盤のみである。
従って、終盤に入るタイミングを自分で見定めるために
最大の数である”3”を相手に渡さないことが
重要であるように思えたのである。
現在のカウンタの値:8
J「じゃあ次は1回。」
カチャン。
Jもまだ先が読めないのだろう。
ここでカウンタが進みすぎるのは危険と判断したのか
自分の押せる最小の数”1”を選択した。
しかし、この選択は失敗であった。
これによりJは絶体絶命のピンチに陥るのである。
現在のカウンタの値:9
N「次も3回。」
カチャン、カチャン、カチャン。
特に確信があるわけではなかった。
とりあえずそういう戦略で進めてきたからとりあえず押した。
ただそれだけのことだったが、この後Nは勝利を確信する。
現在のカウンタの値:12
J「また1回。」
カチャン。
ここでJは何かに気づいたのか、変更を求めた。
J「すみません。もう一回押して良いですか。」
ここで13になった場合、またNが3回スイッチを押すと合計16になる。
この場合、次に1回押しても2回押しても、次の相手の手番で19にされてしまう。
これでは勝つことができない。2回押した場合の検討はまだ不完全なものであったが
このままでは確実に負ける。そう判断してのものであった。
N「どうぞ。押してください。」
NもこのままならJが考えたように自分が勝てることには気づいていたが、
もう一度スイッチを押すことを許可した。これには理由があった。
自分が19を取れば確かに勝ちだが、これでは前のルールと何らかわりない。
このときNの中にはこのルールを利用した最高の勝利のビジョンができていたのだ。
それは17の状態でスイッチを1回だけ押すというものであった。
本ルールでは、前に押した回数を連続して押すことができないので
18の状態で2回以上スイッチを押さねばならない。
この勝ちパターンを実現するために、
Nは敢えてJの変更の申し出を受け容れたのだった。
J「それでは、計2回」
カチャン。
現在のカウンタの値:14
N「1回だけ押します。」
カチャン。
現在のカウンタの値:15
これを見て、Jも勝ちをあきらめたようだった。
J「僕の負けですね。」
カチャン、カチャン。
JはNのシナリオ通りに2回押す方を選んだ。
現在のカウンタの値:17
自分のイメージした状況になり、Nは満足であった。
あとはスイッチを一回押すだけである。
N「さあ、これで終わりだ!」
Nは腕を高々と振り上げ叩きつけるようにスイッチを押した。
ガチャン。
Nはこういうゲームは例え勝敗が確定していたとしても
最後まできちんと終えないと気が済まない質であった。
N「さあ、じゃあ20にしてください。」
そう言った後、何気なくカウンターを見てNは驚愕した。
現在のカウンタの値:19
N「な…何で19になってるんですか!!」
J「あんまり強く押すからじゃないですか。」
先ほど思いきりスイッチを叩いたことで、
カウンターが一度に2も増えてしまっていたのだった。
N「このままだと2増やしているのでルール違反ですよね。」
J「そうですね。」
Nは静かにもう一度スイッチを押した。
カチャン。
現在のカウンタの値:20
***
〜数日後〜
N「あのときのルールって押した回数が同じではいけないのであって、
増やした値が同じでも良かったですよね。」
J「そうですね。」
(了)