*** N「ドッペルゲンガーって奴ですか。」 J「聞こえてるので二度も言わなくて良いです。」 まさかドッペルゲンガーがみかんに関する誤った知識を広めているとは…。 それを私が言ったことにされてはかなわない。 いや、それ以上に貰ってもいないみかんを食べたと思われているのが悔しい。 これは何とかせねば。 どうすれば自分の無実を晴らせるだろう。 N「他に何か覚えてませんか?犯行時刻とか。」 J「外が暗かったから6時過ぎでしょうね。」 N「もっと正確な時間はわかりませんか?」 J「そんなの覚えてませんよ。」 ありもしないことは覚えているくせに都合の良い記憶である。 ここまで私の話を聞く側であったJが一転して反撃に出た。 J「でも、この部屋でそんな話をするのは稲葉さんぐらいしかいないでしょ。」 N「まあ、そう言われてみれば確かに…。」 J「この部屋は人の出入りもほとんどないですし。」 N「そうですねぇ…。」 J「イスラムさんがそんな話するわけないし。」 イスラムさんとは、バングラデシュから来ている同じ研究室の留学生である。 彼の場合そもそも"揉む"という単語を知っているかどうか疑問だ。 だんだん自信がなくなってきた。私の方が忘れているのだろうか? 自分の記憶の方が曖昧である可能性も確かになきにしもあらずである。 確かに落ち着いて考えるとそんな話をしそうなのは私しかいないのだが…。 いやいや、そんなことはない。自分を信じられないで何を信じろと言うのだ。 それにドッペルゲンガーの言うところのみかんの甘くなる原理は 私の知っているそれとは異なっていたではないか。 少なくとも自分の知らない豆知識を披露できるはずがない。 もっと論理的に相手を納得させなければ。 N「その話をしているときに"天才クイズ"の話は出ましたか?」 "天才クイズ"とは、私の住んでいる地方で放送されていた 小学生だけが出場できるクイズ番組の名称である。 J「してませんけど。」 N「やっぱりおかしいですよ。僕がみかんのことを知ったのは "天才クイズ"からなんですけど、その話がでないのはありえません。」 私が豆知識をひけらかすとき、その出元が明らかな場合は 大抵その情報をどこで得たかも同時に話す。 みかんの話だけして"天才クイズ"の話がでないのは不自然なのだ。 私は続けた。 N「みかんの"へた"を取って内側の模様の数を数えると房の数がわかりますよね。 この話は出ましたか?」 J「あぁ、それもよく言いますよね。そんな話してませんけど。」 N「それはおかしい。みかんの話をしててこの話題がでないなんて。」 どこが論理的なのだという気もするが、少しぐらいのことには目を瞑ろう。 ここでやめたら私の疑いは永遠に晴れない。 N「風呂に入ったときにみかんの皮で肌をこするとぬるぬるして気持ち悪い という話はどうですか?」 J「してません。」 N「じゃあ、みかんの皮の内側にへばりついているつぶつぶを一粒ずつ外して楽しむ。 という話はしましたか。」 J「そんなこと誰もやりませんって。」 N「それはおかしい!僕がみかんの話をする場合この話は必ずでるはず!」 J「何かここまで言われるとだんだん自信がなくなってきますね。 やっぱり稲葉さんじゃなかったのかなぁ…」 もう一息だ。 そのときJが何かを思いだしたように声を出した。 J「あぁ!そうか!!」 続く。