分数の割り算(解説編)


『なぜ分数の割り算はひっくり返してかけるのか』


この答えは意味編計算編で述べたとおりですが、
そもそも何を説明すれば、この質問に答えたことになるのでしょう。
これはもう少しわかりやすく言い換えると次のようになります。


『なぜ分数の割り算は、ひっくり返してかけることに置き換えられるのか』


数学的な文脈として見れば、この問いに答えることはそれほど難しいことではありません。
「分数で割る」ことと、「その分数をひっくり返して掛ける」ことが演算として等しいことを
証明すれば良いだけです。

ただ、これを行うには、まず「分数で割る」という演算の定義を行う必要があります。
そうでなければ、「ひっくり返してかける」ことと等しいかどうか調べようがありません。

結局のところ、上の問いに対するわかりやすい説明というのは、
どれだけ納得できる「分数で割る」の定義が与えられるかが、かなりの部分を占めます。
そこで、わかりやすい割り算の定義に必要だと思う条件を考えてみました。 



◆わかりやすい割り算を定義するための五つの条件◆ 




その1:数学的性質によってその演算を定義すべきでない。
 

これは割り算の「意味」を説明するための大前提だと思ってます。
割り算には慣らされすぎていると思うので、ちょっと次の例を見てください。


唐突ですが、arctan(x)は以下の式で求められます。

arctan(x)=x-x^3/3+x^5/5-x^7/7+x^9/9+…

これは何故そうなるのかと言いますと、
arctan(x)を微分すると1/(1+x^2)になるからです。

1/(1+x^2)=1-x^2+x^4-x^6+x^8+… (x<1)なので、
この両辺を積分して…云々かんぬん


という説明を始められたら、

そんなわけのわからない数学的性質をこねくり回すより、
まず最初にarctan(x)の意味を説明してくれと思うでしょう。
これが自然な感覚だと思います。

ところが不思議なことに、分数の割り算に関しては
この当然なされるべき要求がなされないことに対して
違和感を持たない人が多いように感じられます。

8−3は3を足して8になる数だと言うよりも、
8個のリンゴから3個のリンゴを食べた残りだ、
と言った方が断然わかりやすいはず。

7÷3は3倍して7になる数だと言われて納得する前に、
他に自然でわかりやすい表現がないのか考えてみましょう。
わかりやすさに対して人はもっと貪欲であるべきです。

ということで何かしら具体的なイメージによる定義を与えましょう。



その2:具体例として扱う量は、どれも図示可能な連続量であるべき。 


具体例を示す際に、図は極めて重要です。百聞は一見に如かず、
単なる文字で説明されるよりも、それらの量が視覚的に把握できた方が
はるかに理解は深まります。今この説明を読んで眠くなってるのがその証拠です。

割り算をよりよく理解させるためには、割られる数、割る数、計算結果の
三つに現れる量が同時に図示されるべきです。そして各々の値が分数のときにも
対応するためには、当然のことながら、これらの値は連続量として自然に
解釈できるようなものでなくてはなりません。



その3:扱う量が自然数か否かによってその定義を変化させてはならない。 


割られる数、割る数、計算結果の三つの値が自然数か分数かで、
割り算の定義に用いる具体例が変わってしまってはいけません。

自然数を使って割り算を説明していたときはリンゴを何人かで分けていたのに、
いざ分数で割るときになって、単位が速度になってしまっては、割り算とは何かが
わからなくなります。定義には最初から最後まで一貫した意味付けを用いましょう。



その4:扱う量が自然数である場合、演算が本来もつ素朴なイメージを
  そこに付随させられるような定義であることが望ましい。 


これはつまり、割り算本来の「分配する」というイメージを包含するように、
割り算が扱う対象を分数にまで拡張したいということです。

具体的には、自然数を自然数で割った答えが自然数である場合、
リンゴを何人かで分けるような自然な解釈ができるような定義がなされるべきです。
「割り算」と聞いて、誰もが最初にイメージするのは、この「分配する」という操作でしょう。

これには条件3と合わせて一般的な定義へのスタート地点を作るという意図があります。
いきなり一般的な場合から入るのではなく、誰もが理解できる自然数を扱う単純な例から始めて、
徐々に分数を用いる複雑な状況へと連続的に拡張していけるような定義が望ましいわけです。



その5:定義は被教育者が既に前提知識として持っている概念のみを
  用いてなされなければならない。


割り算の意味をわかりやすく説明する目的において、割合、比率などの新たな概念を
安易に導入すべきではありません。これらを用いた説明をよく見かけますが、
それは「割り算に付随した重要な概念」だからそれを用いて説明しているのであって、
「説明がわかりやすくなるから」という理由で用いているわけではありません。

これらは割り算の応用を考える上で理解しなくてはならない概念ですが、
割り算そのものを説明する段階で用いるべきではないと考えます。
単純に考えて、割り算の意味を理解するだけですら難しいのに、
そのうえ他にも理解することがあっては混乱の元です。



以上、好き勝手な要求を並べてきましたが、これらの条件を全て満たすような
理想的な割り算の定義なんてものは果たして存在するのでしょうか。

ということで探した結果、そのような例を一つだけ見つけました。
「長方形の面積を、その幅で割った結果は高さになる」というのがそれです。
ただ面積ってのは少し固いと思って積み木を使って表現してみました。
個数を連続量として扱うのはギリギリ許容範囲ということで。

まあ、なんだかんだ言っても、教わる側からしたら
わかってる人から直接聞くってのが一番わかりやすいと思うので、
もし上の考え方に賛同してくれる方がいたら使ってください。

より良い説明にしたいので、表現や論理に怪しいところ等あればお願いします。

08/06/09 追記:

人の感覚を主体にした、数学と心理学の境界に位置するような
学問はできないもんでしょうかね。「人に易しい論理」を追求する
人間工学ならぬ「人間数学」みたいな感じで。

パズルの面白さや難しさなんかはまさに人間数学として扱うべきですね。

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 制作 稲葉 直貴